2022年度短期派遣奨学生〜奥村美海

研究タイトル:
「筆跡のアーカイブ −ライヒスターク・グラフィティからツーリズム・グラフィティへ−」

氏名:奥村美海
奨学年度:2022年度奨学生
奨学区分:短期派遣枠
滞在期間:2022.8.21 – 10.01
滞在先:フランス、ドイツ、イタリア

活動内容:

わたしはこれまで、自分自身や家族といった他者の筆跡や落書きに惹かれ、それらをモチーフに絵画やインスタレーション作品を制作してきました。今回はベルリンを中心にヨーロッパの都市を周り、みずからのルーツとは異なる歴史的文脈を持つ公的な領域に描かれた落書きや筆跡をリサーチしてみたいと考え、計画を立てました。
具体的には、ドイツ・ベルリンの連邦議会議事堂にあるライヒスターク・グラフィティと、イタリア・ポンペイの古代遺跡に残された落書きについてリサーチを行いました。
また、さまざまな都市をめぐるなかで、ツーリスト、つまり観光客による落書きが常にそばに存在していることに気付き、グラフィティ文化におけるタグやライティングとも似て非なるそれらをツーリズム・グラフィティと名付け、道中に同時並行で収集を行いました。

気付いたこと、見つかった課題:

何十年、何百年も前に公的な空間に描かれた(または彫られた)筆跡が、現在も当時のまま残され鑑賞できるのは、ヨーロッパならではの文化だと感じました。日本ではもしかしたら消されてなくなってしまうような落書きが、意識的に残されていく状況は非常に興味深かったです。
また、短期間で複数の都市を周る計画を建てると、一箇所の拠点で自炊をして食費を抑えることがなかなかできないため食生活が乱れがちになり、円安も重なったためお金のやりくりに苦心しました。ヨーロッパの様々な都市を周ることで、日本のコンビニ文化や24時間の営業形態がかなり限られたカルチャーであることや、自分自身が普段の生活でそういったインフラにどれだけ依存しているかを痛感しました。

渡航を経ての今後の制作活動:

リサーチは主に、ドイツ・ベルリンの連邦議会議事堂にあるライヒスターク・グラフィティと、イタリア・ポンペイの古代遺跡に残された落書きについて行いました。

ライヒスターク・グラフィティとは、第2次世界大戦中、ナチス政権時代にソ連軍によって議事堂が攻撃を受け制圧された際、ソ連の兵士たちが勝利を歓喜し議事堂内に残した大量の落書きを指します。
現在ライヒスターク・グラフィティは、ソ連軍兵士がベルリンの市民に犯した様々な戦争犯罪の観点から撤去の声も上がる中、いまもなお議事堂内にその当時の様子を残し続け、歴史的背景を伝えています。
それらの筆跡は、歴史の大きな動きの中でこだましていたアノニマスな兵士たちの声が可視化されており、議事堂という空間に実際身をおいて直接見ることにとても意義を感じました。

ポンペイはイタリア・ナポリ近郊の古代都市で、西暦79年のヴェスビオ火山の大噴火で発生した火砕流によって地中に埋もれ、何百年もの間当時のまま保存され古代の都市生活の様子を現代に伝える重要な遺跡として知られています。
ポンペイでは、街の中にあふれる時が止まったままの風俗的な古代の落書きについてリサーチしました。落書きは、政治のPRやグラディエーターの大会の宣伝、イベントの告知といったオフィシャルなものから、他人の悪口、愛の言葉やお悔やみの言葉など一般市民によって書かれたであろうものなど、多種多様です。そのどれもが当時の人々の息づかいを感じさせ、広大な遺跡を歩き回りながら見る落書きは非常に生々しく特別な経験になりました。

本奨学プログラムを利用してみて:

今回の渡航を通じて、本プログラムの大きな魅力は、プランの自由度の高さにあると感じました。渡航前にプランを練る段階では気付けなかったような場所や事象について、旅をするなかで掘り下げ実際に赴いてリサーチすることができるのは、まさにこのプログラムならではといえます。ちいさな気付きが創作につながっていく、楽しい実感をいま一度掴むきっかけとなりました。
採択して頂き、本当にありがとうございました。

 

渡航スケジュール:
8月21日- 8月22日 成田空港より、パリCDG空港着。
8月22日- 8月29日 フランス滞在。パリの美術館、博物館の鑑賞。
8月30日- 9月6日 ドイツ・カッセル滞在。ドクメンタ15の鑑賞。
9月7日- 9月20日 ドイツ・ベルリン滞在。ライヒスターク・グラフィティのリサーチ。
9月21日- 9月27日 イタリア・ポンペイ滞在。ポンペイ遺跡における落書きのリサーチ。
9月28日- 9月30日 イタリア・ヴェネツィア滞在。ヴェネツィア・ビエンナーレの鑑賞。
9月30日- 10月1日 ヴェネツィア・テッセラ空港より、羽田空港着。
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